放課後シンデレラ






その日は、抽選で決まってしまった生徒会選挙管理委員会の召集が掛かった日だった。

生徒会選挙管理委員会なんて、大層な名前がついているけれど。実際、やる事なんてただの雑用係だ。

投票用紙の集計をしたり、選挙会当日の立候補者の誘導をしたり。

誰もやりたくはなかった。立候補の手が挙がる事すらなかった。

結局、担任が全員のマグネットの名札を裏にして適当に選んだヤツがそれをやることになった。

クジ運が良いのか、悪いのか。俺は見事当選した。


委員会だって、本当はサボろうと思っていた――帰り際、担任に会うまでは。


「あ、三坂。今日の委員会出なかったら数学の成績1だから。出れば4にしてやるけどな」


あのハゲオヤジ。俺の数学の成績が悪いのを利用して…。

数学だけはどうにもダメで、2以上の成績を取った事がない俺に対しての脅しだ。

留年なんて、冗談じゃない。そんなこんなで、結局参加する事になってしまった。


3時半から始めて、今は5時。

すっかり太陽は沈み始めて、カバンを取りに教室へ戻った時には

白み掛かった太陽は、いつの間にかオレンジ色になってしまっていた。

教室には、誰もいない。電気すら消えている。


ダラダラと歩いて、一番後ろの自分の席へ向かい、横に掛けてあったカバンを雑に取ると、椅子の足の下にキラリと光るものが見えた。

何だこれ。

肩に掛けていたカバンが床まで一気にずり落ちるほど、腰を曲げてそれを拾う。

チャリと金属音を立てて、俺の手中に収まったのは…ネックレス?ブレスレット?

いや…この長さはブレスレットか。

俺の拳が通らない所を見ると女物だ。明らかにサイズが小さい。

目の高さまで上げて、よくよく観察をした。

シルバーのどこにでもあるようなブレスレットだ。

留め具の対面には、小さなプレートがついていて「R」とイタリック文字で刻み込まれている。



R…普通に考えて、名前だよなぁ…。

しばらく、にらめっこをして思いつく限りの名前を考えた。

らん、りさ、りい、りみ、るみ、るか、るり、れい、れいな、れな、れいか、れおな…うーん…。

女の名前は分からん。

っていうか俺、彼女になった女以外の名前は覚えねぇしな。

色々考えていたら、面倒になりそのまま家に持ち帰った。

どうせ、必要な物なら本人が探すだろうしすぐ分かるだろうと思った。



しかし、翌日学校に行ってみると俺の予想は全くの見当違いだった。

探し物をしている女なんて居ない。

ウチの学年じゃねぇのか?

学年毎に階が違うから、3年ならまだしも、1年じゃ探しにくいのかもな。

上級生の教室って、何か行きにくい雰囲気あるし。

俺は、そのブレスレットと授業中も休み時間もずーっと睨めっこをしていた。

持ち主は未だ、現れやしない。

ボーっとそのブレスレットだけを見つめていたら、時は流れに流れて放課後になっていた。

そう、昨日と同じ5時だ。

太陽は毎日、同じようにこの教室をオレンジ色に染める。

タイムリミットか…。

さて、そろそろ帰るかと、昨日と同じように雑にカバンを取って肩に引っ掛ける。

椅子から立って、床にこすれるような音が響いたその時。

誰かが廊下を走って、この教室に向かってきているのに気付いた。

誰も居ない廊下や教室には、バタバタといった足音がよく響く。

その人物は、この教室の前で立ち止まると俺の存在に気付いたのか気まずそうな顔を向けた。女の子だ。

どこから走ってきたのかは分からないが、額にうっすらと汗をかいていて

肩甲骨まで広がる薄茶色の髪は乱れて、ボサボサになっている。



こんな女、同じ教室に居たかな?

そう思っても、声は掛けず何事も無かったかのようにその子の真横を通り過ぎた時



「あのっ!」



いきなり呼び止められて、思わず急ブレーキのように足を止める。



「何?」

「昨日…この教室でブレスレット見ませんでしたか?」


ブレスレット…と言えば

今、俺のだらだらとした制服のポケットに入っていて、昨日から今日の今までずっと俺が睨めっこをしていた相手の

このブレスレットの事か?



「あぁ、これ?」


チャリと昨日拾った時と同じように金属音を立ててブレスレットは俺の手の中で揺れる。

それを見た女の子は、何故だか赤い顔をして小さく俯いて頷いた。


「それ…です」

「君の?」

「はい」


俯いた顔は、依然そのままで…それでも俺の問いには確かに返事をした。

あぁ、良かったこの子だったのか。



「そう。じゃあ、はい」


そう言って、俺が差し出すと女の子はためらいがちに手を差し出して

これまた、ためらいがちにか細い声で言った。



「あのっ…1年の吉村玲菜って言います」

「うん…?」


いきなり自己紹介をされても、何と言っていいものだか分からない。

それにしても、1年でイニシャルRって…俺の推理合ってたんだ。

そんなくだらない事を考えつつも、女の子の話に耳を傾ける。



「えと…その…三坂先輩、入学した時から気になってて…良ければ…あの…」


元々、赤かった顔がトマトのようにどんどん赤くなっていく。

そのうち、沸騰して湯気でも出てくるんじゃないだろうか。



「付き合ってください!」



突然の知らない子からの告白には、俺だって慣れていない。

全然知らないと言っても、告白されれば悪い気はしない。

それに、ブレスレットの持ち主が気になっていたのも確かだ。

シンデレラのような、この偶然に乗っかって王子様気取りになるのも悪くはない。



「あー…えーと、まぁ俺で良ければ」



自分でも驚くほどの速さでそう答えていた。

玲菜ちゃんは、沸騰しきって、ヤカンからお湯がこぼれる勢いで涙を流した。

よっぽど嬉しかったのだろうか。


後から聞いた話によると、放課後の誰も居ない俺の机で

「憧れの先輩の席だ…」と、一人で妄想に浸っていたらしい。

だから、俺の席の所に落ちていたのか。


委員会なんて、ダルくてやってられないような仕事でも。

落し物を手掛かりに、その持ち主を探す――シンデレラ的展開が待っているのならば。

今後の委員会にも、多少は精が出るというものだ。