過ぎていく時間(とき)。消えない気持ち。
あの時、自分の気持ちを隠してついた嘘も、残酷な言葉も全て私を守るため。これがあなたのためだからと自分に言い聞かせて無理やり正当化させた。
しかし結局は何も守れてなんかいなかった。むしろあなたも、私自身も傷付けた。
でもあなたは私が守らなきゃいけないほど弱くなんかない。それは私が一番わかっていたはずなのに。

あなたは前へと進んでいく。私は一緒に歩んでいくことも、あなたの後姿を見ていることもできず、目をそらして立ち止まったまま。
私の時計の針は動くことはない。ずっとあの日、あの時を指したまま―――




――ノート隅の落書き




「うわー…、これはさすがに酷い…」

期末テスト最終日。今日でテストも終わり、友達とパーっと騒いで明日からテスト休み、のはずだった。
しかし帰ろうとしたとき顧問に呼び出された。「部室に置いてある私物を整理しろ」と。
一年の終わりに持って帰るのが面倒で部室に置いて行った教科書。それがロッカーに詰め込まれてぐしゃぐしゃになっていた。私はため息をついて3カ月ほど前の自分を恨んだ。

まずはロッカーの中から教科書を出していく。出てくる教科書は詰め込まれていたせいで傷んではいるものの使った形跡がないものばかりだった。



私は出てくる教科書を見て一年の頃の出来事を思い出していた。
一年の時のことを思い出すと浮かんでくるのはやっぱりあの人のこと。
今でも思い出すと胸が苦しくなった。あの時の自分はなんて子供だったんだろう。
「まぁそれは今でも変わらないか」
苦笑をしながらもあの時のことをこんな風に思い出にできている自分に少し驚いた。




それにしても夏の部室というものはとても暑い。その暑さと換気のため開けた窓から聞こえてくる下校途中の生徒たちの楽しげな声に苛立ちを感じた。
それでも悪いのは自分。そんなことはわかっているが、せっかくテストから解放されたと思っていたのにこんなことをしていては苛々するのも当然である。



「あーもう嫌だ!これ全部捨てよう!」

ここにある教科書はもう使わないのものばかり。ゴミになるものをを持って帰るのも面倒だから捨ててしまおうと考えたのだ。
私はとりあえず持てる分だけをもってゴミ捨て場へ向かった。



この角を曲がればゴミ捨て場、という時に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
思わず体が強張りその場に立ち止まった。
そこにいたのは見知らぬ女の子とあの人、千紘だった。
何かを話しているようだったが距離が離れているためうまく聞き取れない。
暑さからか緊張からか、つうっと顔に汗が流れ教科書を持つ手に落ちた。


引き返そう。そう思い踵を返そうとしたとき思いがけない言葉が聞こえた。





「私千紘先輩が好きです!付き合ってくれませんか?」




「俺も……」




―ドクン
脈が速くなるのが自分でもわかった。千紘がなんて答えるのか聞きたくない。


気がついたら教科書をその場に落し、全力で駆けだしていた。
勢いよく部室のドアを開けその場に座り込んだ。久しぶりに全力で走ったせいか、うまく息が吸えず、咳込んでしまった。なかなか咳が止まらず、眼にはうっすらと涙が浮かんできた。



「……っくる…し…」

苦しい。胸が苦しい。
もう過去のことだってわかってた。あなたに好きな人ができたり彼女ができたっておかしくない。私だってもう諦めていた。諦めていたはずなのにあなたに会っただけで、他の人に告白されているのを見ただけであの頃に引き戻された。
いや、私はあの頃からちっとも変れてなんかいなかったんだ。


でも前に進んでいくあなたに置いて行かれたくなかったから自分に嘘をついて、気持ちを抑え込んで諦めたふりをした。嘘で塗り固めて自分を守ったつもりだった。




「…私馬鹿みたい」

自分に嘘をついて、あなたと距離をとって何が変わった?誰を守れた?
誰も守れてなんかいない。自分に嘘をつかなければ前に進めないような人に守れるものなんて何もないんだ。

だったら前に進むしかない。傷つくことだって、傷つけることだってあるかもしれないけどそれでも進むしかない。そうしないといつまでたっても幸せになんかなれないから。

私は覚悟を決めて再びゴミ捨て場へと走った。
しかしゴミ捨て場へ行く途中、誰かとぶつかってしまい、その人が持っていた荷物が廊下に散らばってしまった。


「ごめんなさい!私、急いでて…」

急いで落ちた荷物を拾おうと手に取るがそれはさっき私が置いてきた教科書。
まさかと思い顔をあげるとそこには千紘がいた。



「なんでこれ…」

今から会いに行こうとしていたものの、いざ会ってしまうとやはり緊張してしまった。

「さっき、ゴミ捨て場のところに落ちてたから」

動揺して固まってしまっている私をよそに、千紘は落ちた教科書を拾って私に差し出してきた。私は何も言えず、ただ教科書を受け取り立ち上がった。



あのあとなんて答えたのか聞きたかった。でも真実を知るのが怖かった。
この場から去ることもできず黙って立ちつくしていると千紘が一番上に重なっていたノートを手に取った。

「これ、まだ持ってたんだな」

千紘が手に取ったのは数学のノートだった。最初は何の事だか分らなかった私だがはっと思い出した。


それは千紘の数学のノート。
授業中隣の席だった私たちはノートに落書きをしたり雑談を書いたりしていた。
そしてある数学の授業が終わる直前に差し出されたノートに書かれていたのは「ずっと好きだった」という文字。
嬉しさの半面、女子に好かれる千紘と付き合う自信がなかった私は終了を告げるベルとともに「ごめん」っとつぶやき教室を飛び出した。
それから私は千紘を避け続けた。そして学年が変わりクラスも離れ、全く会わなくなってしまったのだ。


まさかあの時のノートを自分が持っているとは思わなかった。



「なつかしいな。もうあの時から半年か…」

笑いながら普通にそう言ったあなたをみて、胸が傷んだ。
やっぱりあなたにとってはもう思い出なんだ。そう思い知らされた。



さっきはもう自分に嘘をつかないで前に進もうと決めた私だったが、やはり傷つくとわかっているのに思いを伝えることなんかできない。
私は「じゃあ、教科書ありがとう」となんとか声を出し、あなたに背を向けた。
歩き出そうと一歩踏み出したとき、あなたが私の肩を掴んだ。



「あのさ、さっきの話聞いてたならわかってると思うけど……」

―ドクン
再び胸が大きく脈打った。
聞きたくない。あなたの口から他の女の子の話なんて。
あなたに肩を掴まれているため進めない私はギュッと目をつぶった。




「俺……今でもお前のこと好きだから」



状況が飲み込めない私はしばらく目を閉じて固まっていた。


「……それだけ、伝えたかったんだ。このノートは俺が捨てとくから」

そう言ってあなたは私の肩から手を引き、足音はどんどん遠ざかって行った。


やっと理解できたときにはもうあなたの姿はなくなってしまっていた。
でもここで追いかけなければまたあの時と同じになってしまう。

私は再び、駈け出した。前へ進んだ。


「ま…って!私もあの時から気持ちは変わってない。本当はずっと千紘のこと―――」






時計の針が動き出した。私の時計を止められるのも、動かせるのも君だけ







(written by 柚真)