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僕が彼女と会えるのは一日のうちでたった1時間。
以上でも以下でもなく、きっかり1時間である。 「ミユキ。」 と、暗闇の中で僕は彼女の名前を呼んだ。 「ミユキ。」 「ともゆきくん。」 と彼女の声がした。振り向くと、暗闇のなかに彼女がいた。 「なんだ、そこにいたの。」 「ねぇ、ともゆきくん、見て。チューリップが咲いたの。」 そう言って彼女の指差す方を見ると、そこには色鮮やかな小さなチューリップの花壇ができていた。 * * * それはある日のことだった。 体育の授業でミユキは転倒し、体育館の床に強く頭を打ち付けた。 すぐに病院に運ばれ処置は無事に終わったものの、ひとつだけ問題が残った。 ミユキが眠りから覚めないのだ。 それは一種の植物状態のようなものだった。 僕が萩野さんから提案を受けたのはミユキの面会謝絶が解かれた日のことだった。 「ねぇ、君。奥山ミユキくんの夢の中に入ってみないか。」 なんでも萩野さんの所属する大学の研究チームは、眠っている人間の意識化に潜入し、その人とコンタクトをとる、という研究をしているらしい。 その研究の被験者に僕たちが選ばれた、というわけだ。 ミユキの夢に入るのは別に僕でなくてもよかったらしい。 僕はラッキーだと思った。すぐにOKをした。 * * * 「どうしてここはずっと真っ暗なの?」 そうミユキが聞いたのは、僕がミユキの夢に入り始めて3日目のことだった。 「どうしてって?」 「だって、私とともゆきくん以外は何も見えないじゃない。ねぇ、何か知ってる?」 「さぁ…。」 そう…。と彼女はため息を漏らした。 あとで萩野さんに聞いてみたところ、 「それはきっと彼女の意識の具現化が弱いんだろうね。 僕らもなるべく対象者のイメージを形にしようとしてるんだけど。」 ということだった。具体的な解決策を聞くと「もっとイメージを強く持つこと」とのことだった。 ミユキにそう教えた2日後、彼女は見事にチューリップの花を咲かせた。 * * * 「ねぇ、ともゆきくん。」 「何?」 「私、いやだよ。」 「何が?」 「この中にいるの。」 そう言って彼女は僕の目をじっと見つめた。 風は吹いていないはずなのに、視界の端でチューリップが揺れるような気がした。 「ここはずっと真っ暗なの。ともゆきくんと別れたあと、私はまた一人でこの暗闇の中。 最近ずっとそうなんだよ。ねぇ、一体何があったの?ねぇ、どうしたらここから出られるの?」 彼女は泣きそうになりながら僕の制服の胸のあたりにしがみついた。 ミユキは今、自分が置かれている状況を知らない。 僕は何を言ったらわからなくて、ただ、その場に立ち尽くした。 もう分かっていると思うけど、僕は彼女が、ミユキのことが好きだ。 ミユキとは高校で初めて同じクラスになった。 そして、いつからかよく覚えてないけれど、きっと学校祭のとき。 そのとき僕は彼女に恋をしたんだと思う。 彼女の姿を見るたび、彼女の振る舞いや声を思い起こすたび、僕はどうにもできない感情の渦に巻き込まれてゆくみたいだった。 それはどう表現していいか分からない。 ただ、僕はずっと彼女のそばにいたいと思い、そして何より彼女を守ってあげたいと思った。 だから、苦しんでいる彼女を見たとき、何もできない自分がとてつもなくいやらしい存在に思えた。 * * * ミユキに会うようになってから15日目。 前日は機械のメンテナンスだとかでミユキに会うことはできなかった。 僕は1日会えなかっただけでミユキが消えてしまうのかも知れないと思った。 「ミユキ。」 と、暗闇の中で彼女を呼んだ。 「ともゆきくん。」 とミユキが返事をした。 「あぁ、そこだったの。」 「うん。」 そう答えるミユキはいつもと違ってあまり元気がないようだった。 「どうしたの?今日はあんまり元気がないみたいだけど…」 「ごめんね。」 ミユキの突然の一言に僕の思考は一瞬停止した。 「何、何で謝るの?」 「私のために、わざわざ会いに来てくれて。何にも知らなかったよ。」 「ミユキ?」 「私、今夢の中なんだね。それで、私がともゆきくんと会えるのは1日に1時間だけなんだね。」 「…それ誰から聞いたの?」 「萩野さんっていう人。昨日ともゆきくんの代わりに私のところへ来たの。」 僕は昨日上手くはめられてしまったことに気づいた。 「萩野さんを責めないでね。結果的に、今の状況が分かってよかったんだ。」 「うん。」 ちょっと歩こう。そう言う彼女の提案で僕らは暗闇の中を歩いた。 前に進んでいるのか、来た道を戻っているのかさえ分からなかった。 「ねぇ。」 「何?」 「ずっと、このままなのかなぁ。」 「どうして?」 「私、思い出せないんだ。元々私がいた場所がどういうところだったのか。」 僕に再び彼女を失ってしまうのではないかという不安が襲った。 「だから、どこへ帰ったらいいのかわかんないの。夢の中で記憶喪失なんて、笑っちゃうね。」 「うん。」 そう言いながら僕らはどちらも笑ってなんていなかった。 「ずっと、怖い。」 彼女がぽつりと呟いた。 「明日、ともゆきくんは来てくれるのかな?とか、これからもずっとこの暗闇の中なのかな?とか。 私ね、一人でいるのって平気だと思ってた。でも、やっぱり怖いね。」 ふと彼女を見ると泣きそうになっていた。僕らは自然と足を止めた。 「いつになったら目が覚める?いつになったら抜け出せる?」 「…僕が…」 「え?」と彼女が言った。 「僕が、ずっといる。ずっと毎日ミユキのところへ来るから。一人にさせない。」 「ともゆきくん。」 「何?」 「たすけて。」 ミユキがそう言ったとき、1時間のタイムリミットがきた。 * * * その日の夜、僕は決意を固めた。 ミユキを暗闇から助けること。そして、僕の想いを伝えること。 それはいつになってしまうのか分からないけれど、自分の全部の力を使って早く実行しようと誓った。 僕はミユキとの時間の中でたくさんの後悔をした。 どうして僕はあのときミユキに本当のことを言わなかったのか。 どうしてあのとき泣きそうな彼女を抱きしめてあげれなかったのか。 どうしていつも僕はあとから追いかけるばかりなのか。 ミユキ、本当なら僕が「ごめん」って言うはずだったのに。 僕はまだ17歳で、これからどうするのかだとか具体的なことは分からない。 それを大人は甘えだとかって表現するんだと思う。 だけど明日にだってその先のことは目に見えるようになるのかもしれない。 今、僕には具体的にミユキを暗闇から助け出す方法が、少ないけれど、ある。 「萩野さん。」 「なんだい?」 「…僕も、その研究に携わりたいんです。ミユキを、暗闇から助けたいんです。」 後悔はたくさんした。だけど僕は後悔と同時に彼女への確かな気持ちの確証を何度も感じた。 だから、ミユキ。もうこれで拘束された時間はおしまいにしよう。 |